その日は、近年では珍しいことにメルトキオに雪が降り積もっていた。

いつまでも降り続ける純白のそれを、ゼロスは屋敷の窓からぼんやりと眺めていた。

「ちっ…今年も来やがったか」

一人顔をしかめて呟く。

その時、ぱたぱたと軽快な足音が近づいてきた。

「おとうさまっ」

愛らしい笑顔を浮かべて走ってくるのは、ゼロスが愛してやまない愛娘だ。

「おーどうした?そんなに走ると転ぶぞ」

娘の登場に、途端に今までの険しい表情からいつもの――妻いわくへらへらしたアホ面――に戻る。

「おそとにいっぱい雪がつもってるの。おとうさまもあそびにいこうよ!」

「ええーっ。外は寒いし風邪ひくぜ」

「コート着ればだいじょうぶだよ!おねがい、おとうさま」

自分を見上げてそう言う娘に、ふと幼いころの自分の姿が重なる。

(たしか、あの日もそうだった……)

あの日とは、母が殺されたあの雪の日のことだ。

あの日、幼いゼロスは母に庭に出て雪遊びをしようと誘った。
するといつもはけして首を縦に振らない母が、腰を上げたのだ。

その日に限って―――

(そして……刺客に殺されそうになった俺を庇って、おふくろは死んだ)

あれからもうずいぶん経つというのに、耳から母の最後の言葉が離れることはなかった。

―――おまえなど、生まなければよかった……!

未だ、この言葉の傷は癒えていない。
忘れるためにふらふらと遊び歩いてみても、つきまとい続けるのだ。

(チッ……)

ゼロスが無意識に眉をひそめたとき。


「―――…ま。おとうさま!」

自分を呼ぶ声にはっと我に帰ると、娘が不思議そうな顔で見上げていた。

「どうしたの?おとうさま、すごく悲しそうな顔してた……」

「ん?いやいやそんなことねーって。
さ、外で遊ぶんだろ?早く行こうぜ」

再び笑顔を張りつけ、ゼロスは娘を抱き上げた。

「うわぁ……すごーい!」

庭に出ると娘は大はしゃぎで雪の上を駆けまわった。

「すごいねおとうさま!お庭が真っ白だよ!!」

「あぁ……ホントだな」

はしゃぐ娘と正反対にゼロスは胸騒ぎを覚えていた。

庭に降り積もる真っ白な雪に、はしゃぐ子供。

なにもかもがあの日にそっくりで、ゼロスの脳裏にあの日の記憶がまざまざと甦ってくる。

(くそっ……今日はなんだってこんなにあの日とかぶるんだよ……!)

忌ま忌ましげに前髪をかきあげたその時だった。

ガサッという音とともに茂みから何かが飛びだした。
その先には雪だるまを作っている娘がいる。

「―――危ねえっ!」

その瞬間、ゼロスの手は考えるよりも先に娘を抱き寄せていた。

「おとうさま…!?」

突然のことに目を丸くする我が子を庇い、衝撃を覚悟する。
だが、一瞬後に訪れたのは衝撃や痛みではなく、チリン、という音だった。

「鈴の音……?」

ぎくしゃくとした動きで背後を振りかえると、そこには鈴のついた首輪をした一匹の黒猫がちょこんと座っていた。

「わあー!猫ちゃんだあ!!」

大喜びで猫駆け寄る娘を手放すと、ゼロスは脱力して座りこんでしまった。

「……ったく…驚かせやがって……」

すっかり疲れている父を見て娘は首をかしげた。

「ねえ、おとうさま。どうしてそんなにびっくりしたの?」

「そりゃあおまえが襲われるかと思ったからだよ。おまえは大事な大事な娘なんだからな」

優しく頭をなでてやると、娘はゼロスを見上げてはにかんだ。

「あのね、わたし、おとうさまが大好き!おとうさまの娘でよかった!」

「でひゃひゃ〜!嬉しいこと言ってくれるなあ」

そのままぎゅーっと抱きついてくる娘の背中をぽんぽんと優しく叩きながらゼロスは思う。

(俺の娘でよかった……か)

それは、かつて生むべきではなかったと……望まれて生まれてきた子ではないと言われた彼の存在を認めた言葉。
その言葉は、ゼロスの心をじんわりと温めた。

おそらく、幼い娘は深い意味などなくただ思ったことを口にしただけなのだろうが、それがさらに嬉しかった。

「ちょっとあんたたち、そんなとこで何してるんだい!風邪ひくよっ」

声のしたほうを見ると、コートを着込んだ妻、しいなが白い息をしながらやってきた。

「もう、二人とも鼻が真っ赤じゃないか!」

だがその口調とは裏腹にしいなは笑顔で娘の頭を撫でた。

「ほら、セバスチャンが温かいココアをいれてくれたから早く中に入りな」

「うんっ!」

ココアと聞いて、甘いものに目がない娘は一目散に屋敷へと駆けていった。

「……珍しいね。あんたが雪の日に外に出るなんて」

「かわいい娘の頼みとあらば、仕方ねえだろ」

クスッとしいなが笑う。

「まさかあんたがここまで子煩悩な父親になるとはねぇ」

「ん〜?もしかしてまた俺様に惚れちゃった??」

「そういうセリフは、その真っ赤になった鼻をどうにかしてからにしな」

つん、と鼻を小突かれゼロスは拗ねたふりをした。

「ちぇ〜相変わらずつれねえなぁ。ま、いいや。とりあえず中に入ろうぜ〜。俺様寒くなってきた」

「そうだね。ねぇ、今度三人でフラノールに雪見に行かないかい?あの子もきっと喜ぶよ」

「愛しの奥さんの頼みとあらば、仕方ねえなぁ」

そう言ってゼロスは仕返しにしいなの鼻にキスをしてやった。