アズベリアの街が見える、平原が見える、空が見える。



アズベリアが一望できる城のテラス。
その手すりに座り、足を投げ出している者が一人。
穏やかな風が吹き抜け、その者の髪を揺らした。

彼の名はシウ。アズベリアの槍部隊の隊員である。
揺れる髪の間から、澄んだ緑の瞳が覗いている。布で隠された左目も、きっと同じ色をしているのだろう。
割と整った顔立ちをしているが、ボサボサとはねた髪型から大抵の人間は彼の性格が想像出来るはずだ。


ふと後ろに気配を感じ、振り返った。
金髪の少女が歩いて行くのが見えた。
シウは立ち上がると、愛用のランスを手に少女を追った。

「キア」

少女は立ち止まり、振り返った。

「シウ・・・・どうした?」
キアラはシウに微笑みかけた。

しかし長年共に過ごしてきたシウにはそれが心からの笑みではないことがすぐに分かった。
「キア、何か・・・・あったのか?」
彼女を『キア』と呼ぶのはこのシウだけだ。
もともと彼女は軍団長であるため、シウ以外の兵隊は皆『軍団長』『キアルアーズ様』と呼ぶのだ。
キアラは少しためらったが、決意して口を開いた。
どうせ今話さなくてもいずれ伝えられる。ただ、なんとなくシウには聞いて欲しかった。


キアラにとってシウは義理の弟でもあった。
お互いに隠し事はなかった。隠す必要がなかった。
シウにとってもキアラは大切な人だった。
キアラの悲しみを嫌い、苦しみを嫌い、喜びを誰より望んでいた。


キアラは冷静に、他人事のように淡々と話し続けた。

「それで」
シウが話をさえぎった。

「王子は知ってるのか?」
「ああ。もう話はついてる」

キアラはきっぱりと言い放った。
その意思を曲げようとしない瞳に、シウは頭をかいた。

シウは唯一二人の関係を全て知っている人間だ。
シウもソルヴォートと同じように、やはりキアラの危険には反対だ。


しかし兵士としての彼の答えは違った。


シウは自分の髪をぐしゃっとかき上げた。
そして口元をにっと上げると、キアラに笑みを向けた。

「俺に何か手伝えることはねぇか?」

その言葉にキアラは目を丸くした。
キアラの瞳にシウの目が映った。
否、彼の布で隠れた左目に自然と目が移った。

「これは私の問題だ。それに私の仕事なんだ」
「だったら何だ!俺も行く!」
「お前は本当に・・・・どうしていつも・・・・」
「そりゃあ、キアが心配だからな」

彼は一途な少年だ。
昔からそうだった。俺がキアを守ると一度言えば、追い払ってもついてくる。
そんな事は私が一番知っていた。
こいつに話した私が馬鹿だったと、キアラは頭を振った。

シウが口を開いた。
「一人で行くつもりだったのか?」
「ああ、命を受けたのは私だからな」
「一人で7カ国を渡り歩くつもりだったってのか」
「ああ」
キアラは真っ直ぐシウを見た。

「もう私のせいで誰かが傷つくのは御免だ」

その言葉に、はっとしたようにシウは固まった。
無意識のうちに、手が左目の布に触れた。
キアラはため息をつく。
「とにかく、これは私の仕事だ。お前は何も気にするな」
そういい残し、キアラはマントをひるがえして立ち去ろうとした。


「キアだけの問題じゃねえ!!」

歩みを止める。

「俺がキアも、アズベリアも、全部守ってやる」
威勢のいい声が城の廊下に響く。
振り返れば、ランスを担いだシウが、いつもの挑発的な笑みを見せている。
キアラは眉を潜める。

「正気か、お前」
「キアは俺の腕を知らないのか?」
「・・・・十分知っているが」
「だろ?」
シウはキアラに歩み寄った。
そして悪戯っ子のような笑みをキアラに向けた。
「俺のことなら、心配すんなっ」
それ以上は何も言わず、背を向けて歩き出してしまった。

キアラは暫く、放心したように宙を見つめていた。
しかしはっと我に返ると、小さくなったシウに叫んだ。




「―――結局ついて来るのかっ!!」










キアラはどうにかシウを説得しようと城を走り回った。


大体あいつの行く所は予想できる。
30分もあれば探し出せるはずだ。


・・・・城内にいるならば。


キアラは心の中で絶叫した。






いつ旅立つか知らない。
何を持っていけばいいのか分からない。
だがとりあえず、街を歩いてみよう。


シウはランスを担いだまま、街をぶらぶらと歩いていた。
担ぐといっても危険なので、先を空に向けている。
彼はこうして街をぶらつくのが好きだった。
もちろん行き先など決まっていない。

すれ違う人々。
泣いている者、笑っている者、怒っている者、実に様々だ。
ガーボエルが宣戦布告してきたとはいえ、彼らにはどうする事もできない。

とりあえず今ここは、平和だ。

このアズベリアの民を守るために、キアラは戦う。
そんな彼女のために、自分は何ができるだろうか。



自分は彼女を守れるだろうか。




そんな事を考えながら、彼は大通りの角を曲がった。









+++++++++++
恥ずかしい;一年以上前の文章です。
分かり辛い文章だなぁ;文章がくどいのに単純!!
キアラさんごめんよー