6 終わらない戦争



翌日、ココは馬車の中にいた。
ガルティウス軍の紋章のついた馬車は昨日一夜を過ごした部屋同様豪華だ。座席に敷き詰められたふかふかのクッション――これも中身は羽根だ――のおかげで、朝から乗り続けていても体が痛くなることはない。
だが、気分は最悪だった。ココは目の前に座っている人物を憎悪のこもった目で睨んだ。

「もうすぐ王都に着く。レヴィネリア人の分際で、その土を踏めることを喜ぶがいい」

挑発気味なギルストの言葉に、ココは更に目尻をつり上げた。

「…私をどうするつもりなの」

「そうだな…私としては愛妾の一人にしたいところだが」

身構えたココにギルストは歪んだ笑みを見せた。

「安心しろ。お前にはまずやってもらわねばならないことがある。愛妾にするとしたらそれからだ」

「何をさせるつもりなの」

「…病の治療だ」

思わぬ言葉にココは目を丸くした。

「治療って…。医療に関しては、レヴィネリアよりガルティウスのほうが進んでいると私は聞いたけど」

すると今度はギルストが虚をつかれた顔をした。

「ガルティウスの医療技術をもってしても治せなかったのだ。……しかし、自尊心ばかり高いレヴィネリア人にそのような見解をもつ者がいたとはな。誰に聞いた?」

「…私の婚約者よ」

「元、ではないのか。あの村の生き残りはお前だけだぞ」

ココの脳裏に母の最期がよぎる。…もう、あの人はこの世のどこにもいないのだ。――けれど。

「彼はまだ生きているわ。5年前に村を出て旅をしているの。この戦争を終わらせるための、ね」

「はははっ!!戦争を終わらせる!?たった一人でか!」

ギルストの嘲笑にココは食ってかかった。

「ジークにはできるのよ!彼は『賢者』だもの!!」

「…『賢者』とはあのレヴィネリア軍の最高指揮者のことか?」

「そうよ。創造神レヴィネルの化身たる不死鳥と唯一契約できる、グレニオン公爵家の末裔なんだからっ!!」

馬車の中にもかかわらずココは立ち上がった。対するギルストは淡々と言った。

「…娘。お前は何故未だ戦争が終わらないのか知っているか」

「…それは……」

「…どうやら知らないわけではないようだな」

目をそらしたココにギルストは冷笑で答えた。





ル=シグルーン暦1857年、独立戦争勃発――


ココが字の読み書きを覚えたのは8歳の時だった。
戦争の影響で学校は廃止されていて、庶民はたいてい読み書きが出来なかった。
ココに読み書きや世界のことを教えてくれたのは、出会ったばかりのジークだった。
なんとか字が読めるようになったココは、ジークに大陸の歴史を教わっていた。ココが歴史書の冒頭を読むと、ジークはごめんね、と言いながらココの頭を撫でた。

「ごめんね、ココ。

この戦争がいつまでも終わらないのは、僕らグランヴィア家のせいなんだ。君に辛い思いをさせてるのも、原因は僕らにあるんだ」

「なんで?悪いのは全部ガルティウス人だって、お母さん言ってたよ」

無垢な瞳がジークを見つめる。ジークは力なく笑った。

「ココ、この前教えた、戦争のきっかけを覚えてるかい?」

「うん!法王様の娘の誘拐事件でしょ!」

「そう、よく覚えてたね。ココは賢い子だ」

もう一度頭を撫でてやると、ココは笑った。

「…はるか昔、この帝国を建国したレヴィネリア人は、神の子である自分達が地上で最も尊い存在として知恵の民と力の民…すなわち今のガルティウス人と双龍族を奴隷同然に扱っていたんだ」

二つの種族はたびたび反発していたが、『賢者』によって召喚される偉大な神の化身によりすべて鎮圧されていた。
そこで二種族は力を組み、当時の『賢者』の妻だった『法王』の娘を誘拐し、人質として二種族の解放と独立を求めた。
『法王』は軍事の『賢者』と対をなす、レヴィネル教の最高権力者である。
『賢者』への盾にもなるその娘を人質にすることができれば、二種族の自由は約束されたも同然だ。

計画は完璧だった。

しかし、なかなか首を縦に振らないレヴィネリア人に焦れたガルティウス人がその娘を殺してしまった。
これに激怒した『賢者』は神を召喚し、強大な魔法を繰り出した。
あまりに力を浪費したために神は眠りにつき、以来『賢者』は神を召喚できなくなり、レヴィネリア帝国の軍事力は激減した。
その隙に二種族は独立を果たすが、帝国との確執は消えず、戦争は続いたまま。

「だから僕は、神と再び契約を結んで、この大陸に本当の平和をもたらしたい。…いや、そうじゃないな。これは『賢者』の血を継ぐ者の責任なんだ」


「…ジークはそう言ってたわ。だから、彼は戦争を終わらせてみせる。私はそう、信じてる」

それまでココの話を聞いていたギルストは鼻で笑った。

「残念ながらそれは不可能だな」

「なっ…!なんで断言できるのよ!?」

「…運命とは皮肉だということだ。だが、心配せずともじきに戦争は終わる」

ギルストが笑んだ。

「もうすぐ我らガルティウス軍がレヴィネリアを滅ぼす。その時こそ、この長き戦争の終焉だ」

「…その前にジークが戦争を終わらせるわ!」

「不可能だと何度言えば分かるのだ!そしてこの計画にはお前も関わるのだぞ」

「え…!?」

その時、馬車の外から声がかかった。

「あぁ、到着したようだな。見るがいい」

それまで閉められていたカーテンをギルストが開けると。
太陽の照り返しでまばゆいほどの光を放つ白い壁面をもつ城が現れた。
あまりの大きさと美しさにココは息をのむと、ギルストが口の端を吊り上げた。

「これが我らガルティウス王国の王城、リーゼラント城だ」

そして、とギルストは続ける。

「お前が治療するのはこの城の主。すなわちこのガルティウス王国の世継ぎサフィアス様だ」






その頃、カーテンで光を遮った暗い部屋のなかで、一人の青年がくつくつと笑っていた。

「もうすぐだ…。もうすぐ私の世界が完成する」

青年の瞳は、狂喜と憎悪で満ちていた。

「見ていろ、愚か者たち。私が出来損ないではないことを証明してやる……!」