8 白薔薇の君



部屋の中は日光が遮られていて、昼間だというのに薄暗かった。
おぼつかない足どりのまま、ココはギルストに続いて足を踏み入れた。

中にいたのは三人。豪奢な寝台の側には気難しそうな顔をした初老の男と、ギルストにうりふたつの男がいた。そして天蓋の奥にシルエットが一つ。

(多分…あれがサフィアス王子ね)

ココがそう考えていると、寝台の側にいた、ギルストに酷似している男が口を開いた。

「ギルスト、ご苦労だったな。…して、捕らえた医師はどこにやったのだ」

「はい、父上。この娘がレヴィネリアの医師です」

ギルストはココの腕をとると前に引き出した。すると、初老の男が嘲笑を浮かべた。

「おやおや…。少佐、この娘のどこを見てレヴィネリア人というのですかな?ルドナー卿、貴方のご子息は大層目が悪くていらっしゃるようだ」

「…どういう事だ、ギルスト」

ルドナー卿と呼ばれた男の青い瞳が細められた。

「…申し訳ありません。医師は捕らえた直後に自害しました。」

「なんだと!?」

怒りと焦りが入り交じった顔のルドナー卿と裏腹に、男は狂喜した。

「これでルドナー家も終わりだな!ふははは!!青二才がでしゃばるからこうなるのだ!」

有頂天になった男が高笑いを続けると、静かな声が天蓋の奥から聞こえた。

「うるさいぞヌーヴェ宰相。お前の声は耳障りだ」

さっと天蓋が取り払われる。そこには寝台に半身を起こした青年がいた。
整った顔立ちをしている美青年だが、病弱で繊細と聞いていたとおり、細身で肌は透けるように白い。だが、眼光だけは鋭く、意志の強さを感じさせる。
まるで美しくも刺をもつ白薔薇のような王子だ。

「それで、ルドナー少佐。その娘は一体何者なんだ」

「はい、この娘は医師の娘にございます」

「娘だと!?」

ヌーヴェが再び声をあげる。しかし、今度は驚愕と焦りをないまぜにした声だった。

「なるほど、娘か。だが何故このような姿をしているのだ」

ルドナー卿がココの髪をつかみながら言った。

「痛っ…!」

「答えろ」

「わっ…私だって好きでこんな風に生まれたんじゃないわよ!」

ココは怒りのあまりガーネットの忠告を忘れていた。

「私の父親は17年前に村襲ったガルティウスの軍人の一人よ!私がこんな姿をしてるのも、魔法が使えないのも、生まれた時から呪い持ちなのも全部私のせいじゃないわ!」

ココは包帯を取り去ると左手をルドナー卿に突き付けた。その瞬間、場に沈黙が降りた。

「そ…その刻印は…夭折の呪い…!?」

搾り出すような声で沈黙を破ったのはギルストだった。目を見開き驚いている。それは他の三人も同じだった。
最初に立ち直ったのはヌーヴェだった。

「ははっ…これは傑作だ!自害した医師の代わりに魔法の使えない娘を連れてくるなど!!しかもその呪いを持っているとは…運命とはなんと皮肉なものか!」

これ以上おかしなものはないとでもいうかのように嘲り笑う。

「娘…!よくも我がルドナー家に泥を塗ってくれたな!!」

ギルストが腰の剣を抜く。目はあの時と同じく、血走っている。

「ひっ…!」

ココが悲鳴をあげるのと、ギルストが踏み込むのは同時だった。
白刃が振り下ろされ、思わずココは目をつむる。その瞬間、こめかみに風を感じた。

「きゃっ…!」

驚き目を開けると、足元に穴が空いていた。
ココが振り返ると、サフィアスが銃を構えていた。

「少佐、早まってはいけないな」

サフィアスは笑みを浮かべた。

「この娘はガルティウス人を侮辱したうえに私の治療を拒否した重罪人なのだ。最も重い罰を与えなければいけない」

サフィアスの視線がココの後ろに注がれる。そこには無言を貫くガーネットがいた。
サフィアスの笑みが深くなる。


「死が、最も重い罰とはかぎらない」