9 絶望の牢獄



『死が、最も重い罰とはかぎらない』


サフィアスの言葉が頭の中で反響する。

(死が、最も重い罰とはかぎらない…?それって…)

ココの脳裏にガーネットの声が甦る。

『逆らえば、死より恐ろしい仕打ちが待っている』

『…少しでも安らかな死を迎えたいなら、大人しくしていたほうがいい』

(ま…まさか…)

ココが振り返ると、ガーネットが目を反らした。

…それが答えだった。

「『悪夢の塔』へ連れていけ」

兵士にそう命じるサフィアスの声が、やけに遠く聞こえた。



――ガシャン。

錠の落ちる音が響く。
牢獄はまるで時が止まったかのように静かだった。

ココは絶望していた。
これから自分は『死よりも恐ろしい罰』を受ける。おそらくここから出ることは一生ないだろう。
それはつまり、あの人と二度と会えないということ。鉄柵を握りしめたまま、ココはうなだれた。

「どうして私ばっかり…っ!!」

何故、自分ばかりこんな仕打ちを受けなければならないのか。……答えなど分かりきっている。
全てこの体に流れている混ざった血のせいだ。
この金の髪、青い瞳。そして左手の呪いの刻印がある限り決して自分は幸せにはなれない。
だけど。

「私は何もしてないじゃない…!」
ただ、あの人にもう一度会って幸せになりたいだけなのに――

剥き出しになったままの左手にポタリ、と涙が零れ落ちた時だった。

「あれー?もしかして今度の同居人は女の子!?」

陰鬱な牢獄に場違いな声が響いた。暗くて牢の奥は見えないが、のそのそ近づいてくる音がする。

「わーぉ俺ラッキー♪」

そう言って現れたのは黒い髪と瞳をもつ華やかな顔立ちの青年だった。
ココが状況についていけず口をぽかんと開けていると、青年が笑いかけてきた。

「いやーさすがの俺もまっさか牢獄で美少女と運命の出会いをすると思わなかったなー」

「は…?」

ココは思わず間の抜けた声を出した。が、青年は全く気にせず続ける。

「俺は朔夜ってんだ。見ての通り双龍族だ。ま、これからよろしく頼むぜ」

ココはまじまじと朔夜を見た。

「…私、初めて双龍族を見たわ」

――双龍族とは、唯一神レヴィネルが生み出した人種の一つだ。強靭な肉体をもち、龍の如き強さを誇る力の民で、夜のような髪と瞳をもつ。そして、かつて奴隷として扱われていたレヴィネリア帝国から独立した種族だ。

「力の民なんていうから、ごつい巨人なんだと思ってたんだけど…」

目の前の双龍族は見目麗しい優男だ。
すると、朔夜が笑って言った。

「双龍族はレヴィネリアとは極力接触しないから、それはよく言われるな。でも、俺も初めて見たよ」

「…?何を?」

ココが首を傾げると、朔夜が気障っぽく笑った。

「君ほど美しい女性を…だよ、名も知らぬ僕の女神」

「……」

呆れてものが言えない。この男のせいで、涙は枯れてしまった。

「…私はココ。ココ・メルフィードよ」

「ココちゃんかー♪可愛い名前だなー」

朔夜は一人で盛り上がった。

「ココちゃんもラッキーだねー!同居人があんなむさいオッサンどもじゃなくて、超二枚目なこの俺なんて!!」

「あんなオッサン…?」

誰のこと?とココが聞く。

「あーもしかして静かすぎて気付かなかった?……周りをよく見てみな」

言われるままあたりを見ると、周りの牢にたくさんの囚人が収容されていた。そのほとんどがガルティウス人で、どれも凶悪そうな面構えだが、何故か絶望をたたえていた。

「なんか…刑務所みたい」

「ピンポーン♪」

朔夜は未だ明るい表情のままだった。

「ここは重罪人が永久の罰を受ける場所だ」

「永久の罰…?!」

「そう、一生続く地獄のような罰だ。…なんなら見てみるか?」

言うが早いか、朔夜はココの腕を取ると牢の奥へと進んだ。奥はもちろん行き止まりだったが、鉄柵のはめられた窓があった。

「これはみせしめのために作られた窓なんだそうだ。どんな罰かは覗いてみてのお楽しみなんだが…さぁ、ココちゃん。どーする?」

「……見るわ」

もちろんこの理不尽な罪を償うつもりはないけれど、『死よりも重い罰』とはどんなものなのか気になる。恐怖とほんの少しの好奇心をもってココは窓から覗いてみた。

そこは円形の、まるで吹き抜けのような部屋だった。天井ははるか高くにあり、壁のところどころ鉄柵があることから、この牢獄塔の中心部分だということが分かる。

「これは…何かの研究室なのかしら?」

部屋には見たことのない機械が設置され、それに繋がっているおびただしい数のコードが床を埋め尽くしていた。
だが、部屋の中央だけは、ぽっかりと穴があいたかのようになにも置いてなかった。

「…ううん、違う。何か床に描いてある…」

「あれは錬成陣っていうんだとよ」

「錬成陣?」

ココが尋ねると朔夜が忌ま忌ましそうな顔で答えた。

「あれだよ、レヴィネリア人が大掛かりな魔法を使うときに用いるっていう魔法陣。あれの錬金術版」

「錬金術ですって!?ガルティウス人は錬金術が使えるの!?」

ココは驚きを隠せなかった。
錬金術はレヴィネリア帝国では神から受け継いだ魔法を脅かす力として、禁術とされているのだ。

「まー使えるって言ってもまだ開発段階みてーだし、使える奴もごく僅かみたいだな。で、その僅かな錬金術師を国中からここにかき集めてきたんだと。はっ…ご苦労なこった!」

「何の為に?」

「…見てみな。これから始まるぜ」

再び窓の外に目をやると、錬成陣の上に鉄製の人形が置かれていた。人形といっても大きく、人間くらいの大きさだった。
そこへ、数人の錬金術師がやってきた。白衣を着た錬金術師達は担架で何かを運んでいた。
錬金術師は人形の横に担架を置くと、被せていた布を取り払った。そこには、猿轡や枷で自由を完全に奪われた男が横たわっていた。

「な…何をするつもりなの…!?」

口ではそう言いながらも、ココはこの直後に何が起こるのか、頭のどこかで理解していた。
そして男の側に刃物を持った錬金術師がやってきた。男は動かぬ体でもがく。
必死に抵抗する様子を見て、錬金術師が言う。

「誇りに思うがいい。国のために生まれ変わることを―――!!」

ザシュッ――


赤い噴水が錬成陣に降り注ぎ、錬金術師の白衣が赤く染められる。

「キャアァ―――ッ!」

ココの叫び声が『悪夢の塔』に響き渡り、やがて消えていった―――。