2 呪われし娘
ふいに、ココは目を覚ました。意識が覚醒しないまま、ゆっくりと体を起こす。
――久しぶりにあの夢を見た……
あれからもう5年。ココは16歳になった。あれ以来、彼は帰ってこない。
「…ジーク……はっくしゅ!」
そっと呟くと、同時にくしゃみがでた。しばらくぼーっとしていたせいで体が冷え切っていた。
「うー寒い…。あったかいお茶でも入れよう…」
ココはのそのそと寝台から降りると、椅子に掛けたままだった薄桃色のカーディガンを羽織って台所へ向かった。
ここはル=シグルーン大陸最大にして最古の国、レヴィネリア帝国。その辺境にあるセレニエという小さな村にココは住んでいた。
このル=シグルーン大陸を創造したと伝えられている白銀の神レヴィネルを信仰しているこの国は、広大な領土のすべてが雪に覆われている。それも一年中ずっとだ。
レヴィネリア人は雪を『神の翼』と呼ぶ。白銀の不死鳥といわれる神レヴィネルの羽が尽きることなく降り注ぐ土地は清らかだと信じているのだ。
そのため、山脈を隔てたほとんど雪の降らない大陸の南方を汚れた土地と呼び、そこに済む他国…特に隣国ガルティウス王国の人々を忌み嫌っている。
もっとも、レヴィネリア帝国とガルティウス王国が対立している原因はほかにあるのだが……
台所には、先客がいた。
「…おはよう、お母さん」声をかけたココに母は見向きもせず、さっさと立ち去った。
いつものことなので、たいして気にはとめなかった。だが、やはり心は傷む。
ココは傷心のまま、年頃の娘をもつとは思えないほど美しい母の後ろ姿をそっと見送った。
朝食をとったココは普段着に着替え、その上に襟にウサギの毛皮をふんだんに備えた防寒用の外套を羽織り、最後にバスケットを持って家を後にした。
母の一族は代々医者を生業としていた。度々王族専属の医師を輩出する名医揃いで、そのなかでも16年前に亡くなったココの祖父は歴代最高といわれる腕だったらしい。
しかし、ココにはその才能は受け継がれなかった。
役に立たない埋め合わせに、ココは滅多に家から出ない母に代わって薬草を採ってくることを仕事としているのだ。
村の道を通る時、いくつもの冷たい視線を感じた。
嫌悪、憎悪、畏怖。それらをないまぜにした負の視線がココを貫く。
振り向かなくてもその視線の主達は分かりきっている。この村の住人だ。
「呪われし娘だ…」
誰かの言葉を皮切りに、口々に村人は罵った。
「アザリナも気の毒に…。あの娘さえ生まれなかったら幸せになれたのに」
「せめて母に似ればよかったものを」
「いつか娘の呪いがわしらにも及ぶかもしれんぞ」
「……ッ!」
気がつくとココは駆け出していた。息を切らしながら、ギュッと左手を握る。
左手には雪のように白い包帯が巻かれていた。
村の外れにきたココはいつの間にか溢れ出していた涙を拭くと、おもむろに左手の包帯をほどいた。
剥き出しになった左手の甲には、血のように赤黒い刻印が刻まれていた。
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