15 真実の欠片



花嫁修行を始めて、半月がたった。

「ま…まずい。あと半月しか残ってないわ…」

ココはがっくりと肩をおとした。
ほとぼりが冷め次第、この離宮を脱出してレヴィネリア帝国に戻るというココの考えは実に甘かった。この半月間、逃げ出す隙はまるでなかった。朝から晩までシャルロットがずっと側にいるからだ。
花嫁修行中はもちろん、夜も「慣れない環境の中で一人で眠るのは心細いだろうから」と心配して毎晩寝室を訪ねて来る姉の目を盗んで逃げ出すのは至難の技だった。
なんとか逃げ出そうとシャルロットが寝付くのを寝ずに待っていたら、それを不安で眠れないのだと勘違いされて子守唄を歌われてしまった事もあった。

しかしそれは愛情をほとんど知らずに育ったココにとってけして嫌なことではなく、最近ではシャルロットが母親のように思えてきたのだ。
それと同時にシャルロットの献身的なレッスンのおかげで、ココは見違えるほど貴族の令嬢らしくなっていた。

「姫様、お茶をお持ちしました」

この半月ですっかり顔なじみとなった侍女に、ココはゆったりと微笑んだ。シャルロットの受け売りだ。
侍女がいれてくれたのは、ガルティウスの貴婦人に流行中だという最高級のハチミツを加えた甘い紅茶だ。
ココの故郷、セレニエ村では厳しい寒さで冷え切った体を温めるために、紅茶にはブランデーを入れるのが普通だった。そのうえ戦時中という時勢のために砂糖やハチミツといったものがなかなか手に入らなかったので、ココはほろ苦い紅茶しか飲んだことがなかった。そのため、初めてこの紅茶を飲んだ時、あまりの甘さに驚き吹き出しかけたという逸話がある。
しかしココはこの甘い紅茶がとても気に入り、以来休憩時間に必ずいれてもらうようになったのだった。
シャルロットの教え通りに優雅に紅茶を口にするココを見て、侍女は感心した。

「シェリー様、随分と姫君ぶりが板につかれましたね。たった半月でよくここまで…素晴らしいですわ」

「そ、そうかしら」

褒められ慣れていないココは、にやけそうになる顔をさりげなく背けた。

「そうですよ。初めてお会いした時は、身代わりの姫君がこんな無作法な方で大丈夫かしらと思ったりもしましたが…」

「…えっ……!?」

驚きのあまり、ココは作法を忘れて大きな声をあげてしまった。
顔が強張り目を見開いたココを見て自分の失言に気付いた侍女はあたふたし始めた。

「もっ申し訳ありません!私、姫様なんて失礼な事を…!!」

「―――の…」

「え……きゃっ!?」

突然ココが侍女の腕を掴んだ。

「…身代わりって…どういう事なの」

ココの言葉に侍女がはっと息を飲む。その表情が、己の失態を物語っていた。

「教えて…!身代わりって何なの!?」

「…それは…その…」

侍女は拒絶しようと目をそらした。
だが、全身で感じる強い視線と、震えながらもけして腕を放そうとしない手からココの必死さが痛いほど伝わってくる。

「教えて…。あなたが知っている事を」

その言葉に導かれるように、侍女の口から真実の欠片がこぼれた。




漆黒の夜空にぽっかりと月が浮かび上がっている。
時々雲間に隠れてしまうそれをココが眺めていた時、寝室に寝間着に着替えたシャルロットが入って来た。

「シェリー、そろそろ寝ましょう。明日は朝からウェディングドレスの最終確認をするから、すごく疲れてしまうわ」

しかし、ココは背を向けたまま返事をしなかった。

「…シェリー?どうかしたの?」

気遣わしげにシャルロットが再び呼びかけると、ようやくココは振り向いた。月が雲に覆われてしまって暗いので表情は読めないが、張り詰めた雰囲気から妹が緊張していることを察することができた。

「…お姉様。私、聞いたの」

その時、覆いかぶさっていた雲が流れ、月が顔を出した。
月光を背に浴びてココは言った。


「あなたが、サフィアス王子の本当の婚約者だったのね」