17 昔語り
長い話になるから、とシャルロットはココをソファへと座らせ、自らも向かいのソファに腰掛けた。
少し落ち着いたことで、ココは自分の体が冷え切っていることに気付いた。
常に冬であるレヴィネリア帝国ほどではないが、秋が深まってきたガルティウスの夜は寒い。まして薄い夜着一枚で夜風をまともに受けたのだ。頭に血が上っていたときの対比も手伝い、ココは身震いをした。
すると、それに気付いたのかシャルロットが手早くお茶を入れてくれた。
だがそっと盗み見た姉の顔は相変わらず無表情で淡々としていた。
湯気が立ちのぼる温かい紅茶を飲むと、体の端々にじんわりと熱が伝わっていくのが分かった。そのせいか、目頭が再び熱くなる。
(この紅茶―――いつもお姉様が入れてくれたハーブティー…)
それは花嫁修行を始めたばかりの頃、慣れないこと続きでよくへたばっていたココにシャルロットがよく入れてくれたものだった。
ハチミツ入りの紅茶とは違って、甘さひかえめで気分をスッキリさせてくれるそれはココの一番のお気に入りだ。
けれど、なにより大好きな姉に入れてもらうのが嬉しくて、侍女にはその次に好きなハチミツの紅茶を入れるように頼んでいた。
(運命は皮肉だ…って誰かが言ってたけど、本当ね。いつもお姉様にこれを入れてもらうのが一番好きだったのに…今はそれが一番―――つらい)
ココが紅茶を飲み干すと同時に、シャルロットが口火を切った。
「…では、お話ししましょう。まずは昔話から――」
それは、ある初夏の日のことだった。
ガルティウス王国において王家に次ぐ権威をもつ名家――ルドナー公爵家に待望の第一子が生まれた。
待望の、とはその赤子の母と家臣達にとってであり、そこに父親が加わることはなかった。
それをよく知っている家臣達は、なかなか見舞いにこない主の代わりに産後間もない奥方の機嫌をとろうと必死だった。
すると、奥方はきっぱりと言った。
「そう気をまわさなくてもいいわ。あの人が私より愛人を優先するのは、今に始まったことではないものそのうえ、生まれたのが後継ぎではなかったなら尚更来ないわ」
「奥方様…」
奥方は自分の腕に抱えた赤子見下ろした。
すやすやと眠る我が子を見て、その表情が夫への嫌悪から慈愛に満ちた優しい微笑みへと変わる。
「あの人が私を嫌うように、私もあの人が嫌いなの。後継ぎ作りは愛人達に任せるわ。私の子はこの子…シャルロットだけでいいの」
奥方の言葉に家臣達がざわめく中、赤子だけが静かに眠っていた。
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