21 昔語りX



―――それは、シャルロットとギルストが出会って五年の歳月が流れたある日の事だった。


「……では、姉上。行って参ります」

軍服に身を包んだギルストは最敬礼をした。

今日はギルストが所属するガルティウス軍が遠征に出発する日だ。
今回の彼らの任務は、レヴィネリア軍に征圧された砦を奪回すること。
そのためにレヴィネリア軍と剣を交えるのは必至だ。いくらギルストが剣豪と名高くても、無事に帰る保証はどこにもない。
それでも―――

「必ず…必ず帰って来ます。だからそんな顔をしないでください、姉上」

頬をつたう涙をぬぐう手が優しくて、シャルロットは思わずギルストにしがみついた。

「戦争なんて……なくなってしまえばいいのに。そしたら、こんな……」

ギルストはまるで太陽の光を集めたかのようなシャルロットの髪に顔を埋め、目を閉じた。


見送りを終えてシャルロットが屋敷に戻ると、珍しく父に呼び出された。

(一体何のお話かしら……)首を傾げつつ書斎の扉をノックすると、父は笑顔で迎えてくれた。

「おおシャルロット!ようやく帰って来たか。私の自慢の娘!」

「…お父様……?」

不意に違和感を感じ、シャルロットは後ずさった。

「おまえとおまえの母には感謝しなければな。おまえのおかげで、ようやくあの老いぼれヌーヴェを蹴落とせるのだから」

「ヌーヴェ宰相を……?」

ヌーヴェ宰相とはルドナー公爵家に並ぶ権力を持つヌーヴェ候爵家の当主のことだ。
いにしえの功績により優遇されてきたルドナー公爵家と実力でのしあがってきたヌーヴェ候爵家は、自他共に認める犬猿の仲であり最大の政敵である。
その強敵をついに倒せると父が狂喜するのは分かる。だが、それになぜシャルロットが関係あるのか。

「どういうことですか、お父様。わたくしがお父様のお役に立つとは思えませんが……」

「案ずるな。おまえは世継ぎのサフィアス殿下に嫁ぎ、王子を産むだけでいいのだ。何も気に病むことはない」

「―――!?わたくしがサフィアス殿下に……!?」

あまりの衝撃に絶句するシャルロットをよそにルドナー卿は猫のように目を細め微笑んだ。

「くく……おまえの生んだ王子が国王になれば、私は王の祖父……即ちこのガルティウスの影の支配者になれる……!」

ルドナー卿の手が今は亡き妻の面影を色濃く受け継ぐ娘の頬に伸びる。

「運命とはずいぶんと皮肉なものだな。私はあれほど子を成したというのに生まれたのは男ばかり。その中で唯一娘を産んだのが、たった一人私と
嫌いあっていたおまえの母――ジャスミンだったのだから」

しかし父が数年ぶりに母の名を呼んだことさえ、シャルロットの耳には入らなかった。


『おまえはサフィアス殿下に嫁ぎ、王子を産むのだ―――』


これは何かの悪い夢―――そう思いたかった。

(ギルスト……!)

愛しい笑顔が脳裏をよぎった途端、シャルロットの意識は奈落の底へと堕ちていった。