23 昔語りZ
バン!と半ば駆け込むように扉を開いたギルストは、その光景を見た瞬間、全身から血の気が引くのを感じた。
崩れ落ちそうになる体を叱咤して寝台に近づいても、かの人は眠ったまま。
夏の空のように青く澄んだ瞳は閉じ、いつも優しい微笑みを浮かべていた唇は固く結ばれている。
「シャルロット……!」
二人きりの時のみ呼ぶことが許される名で呼んでも、愛しい人の声は返ってこなかった。
「なぜこんなことに……」
体温を感じさせない、冷たい手をギルストが取ったその時。
「なぜ……だと?そんなことも分からないのか」
冷徹な声の主を振り返り、ギルストは息をのんだ。
「父上―――…!」
氷のような眼差しがギルストを貫いた。
「全ておまえがシャルロットをたぶらかしたせいだ。侍女から聞いたぞ。シャルロットも愚かだな。おまえに熱などあげなければこんな馬鹿な真似はしなかっただろうに」
「……姉上の容態は」
「発見が早かったおかげで命は助かった。意識もいずれ取り戻すだろう。だが―――」
父の瞳に怒りが沸き上がるのをギルストは見た。
「シャルロットが飲んだのは水銀とよく似た毒だったのだ。水銀は中絶の荒療治に使うことがあるのはおまえも知っているだろう」
「まさか――!」
「そうだ。シャルロットは子の産めない体になった。王子を産むための駒でありながらな」
憎々しげにルドナー卿は言い放った。
「姉弟揃って私の計画を潰すとはこの役立たずが!」腰の剣に手をかけた父からシャルロットを守ろうとギルストが立ちはだかる。
「その娘にもう使い道はない。我が公爵家の恥となる前に、消す」
「父上といえど、姉上に…シャルロットに手を出すのは許さない……!先ほど貴方が言ったように悪いのは私です。罰は全て私が受けます」
ルドナー卿とギルストの視線がぶつかり合う。
「……いいだろう。その言葉、忘れるな」
ルドナー卿の視線はギルストから外れ、死んだように眠るシャルロットへと移された。
「子は産めなくても、代えが見つかるまでの繋ぎくらいならできるだろう。ただし、おまえたちは今後姉弟以外の感情を持つな。そしてもうひとつ。おまえは常にこの公爵家のことを第一に考えろ。戦場で誰よりも多く敵を殺し武勲を上げろ。二度とルドナー公爵家の名を貶るな」
「……御意」
ギルストは膝をつき頭を下げた。それは親子ではなく主従に近かったが、そんなことはかまわない。
愛しい人のためならば、何だってしてみせる。
――たとえそれが間違っていたとしても。
父が部屋を出てしばらくして、シャルロットが目を覚ました。
再会を喜んだ後、ギルストは父との誓約を知らせた。
「ごめんなさい……!わたくしのせいで貴方にそんなことを―――」
母との約束を守るために積み重ねてきた彼の努力をシャルロットの行動が水泡に帰してしまったのだ。
けれど、ギルストは何も言わずただシャルロットを抱きしめるだけだった。その肩が震えていることに気付き、シャルロットは広い背中に腕を回した。
「―――そして三年後、父は私の代わりに王子を産む娘を見つけた。それが貴女なのよ、シェリー」
シャルロットは冷めた紅茶を継ぎ足した。
「お父様はかなり焦っていらしたわ。一年前に国王陛下が亡くなられて、来月サフィアス殿下が十八歳の誕生日に成人なさるとともに即位されることが決定したにも関わらず、身代わりの花嫁を見つけられないままだったから。前に授業で教えたように、ガルティウスには即位式と結婚式を同日に行う慣習があるから、なんとしてもそれまでに身代わりの花嫁をたてなければならないの」
そこでココが首を傾げた。
「でもなんでよりによって私が選ばれたんですか?大罪人になった私を、名前を変えてまで拾うなんて…」
「それは刻印が―――…いえ、なんでもないわ」
「刻印……?」
ココは左手の甲をじっと見つめた。剥きだしになったままのそれに何の関係があるのか……
「これでわたくしの話は終わったわ。もう夜も遅いから失礼するわ」
音もなく立ち上がりシャルロットは去っていった。
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