26 からっぽの後宮



「――こちらがシェリー様のお部屋になります」

ココが女官長に案内されたそこは城の奥――つまり後宮だった。
だが……

「……からっぽね」

ココの言葉通り、数え切れないほどある部屋は全て空室だ。
てっきりルドナー家のように美姫がひしめいているのだと思っていたココは肩透かしをくらっていると、女官長が語り始めた。

「ええ。先王陛下が娶られたのは今は亡き王妃様お一人でしたし、サフィアス殿下は、その……女人があまりお好きではないので、今はどなたも入られていません」

「えっそうなの…じゃなかった。そうなのですか?」

そういえば、先ほども王妃は即位のための飾りだと言っていた。
はい、と応え女官長は顔を曇らせた。

「恐らく、母君に見捨てられたことを気にされているのでしょう……」

「え……?」
それは一体、とココが尋ねるよりも先に女官長がはっと我に帰った。

「いえ、なんでもありませんよ。ささ、お疲れでしょう。すぐ侍女にお茶を運ばせますので、どうぞおくつろぎくださいませ」

何かはぐらかされたと思いつつ、ココは作法通りに笑顔で礼を言った。



夕食を済ませたココは休憩がてら城の散策をすることにした。

「はー…。やっぱりお城って中もすごいのね」

天井から吊された豪華なシャンデリアやそれが映るほど磨き抜かれた床を見てココは嘆息した。
初めて来た時は拉致されたばかりでそれどころではなく周りを見る余裕がなかったが、今は心ゆくまで眺めることができる。
(
もちろん今だって早くここから逃げなきゃいけないんだけど)

無計画で脱出可能な場所とは思えない。
だからこそ、できるだけこの城のことを知ろうとこうして散策をしているのだ。

(何か抜け道みたいなのがあればいいんだけど……)

壁をぺたぺた触りながら歩いていると、歴代のガルティウス国王と王妃の肖像画がならぶ回廊に出た。
今にも動き出しそうな王妃達を眺め、ココはため息をついた。

「……やっぱり王妃って美人ばっかりなのね」

ここに自分も並ぶのかと思うと腰が引ける。どう頑張ったって、引き立て役がいいとこだ。

「強いて言うなら勝てるのは肌の白さくらいかしら。レヴィネリアは日差しが弱いからほとんど日焼けしないし―――ん?」

ココはふと、ある肖像画に目を止めた。

「あれ?この王妃だけ髪も瞳も黒い……」

ほかの肖像画に描かれているのは金髪に青い瞳のガルティウス人ばかりだ。
そして漆黒の髪と瞳は双龍族である証。
一人だけ違う外見を持ちながらも、額縁の中の王妃は臆すことなく前を見据えてていた。

「凜とした、すごく綺麗な人……名前は―――」

画の下にあるプレートにココが目を落としたその時。

「―――神凪華蓮。それがその女の名だ」

冷えびえとした声が、静まり帰った回廊に響いた。
振り返ったココがその名を呼んだ。

「―――サフィアス…殿下……!」