27 孤独な王子



「こんな所で何をしている?」

険しい顔のままサフィアスが問う。

「……少し、散歩をと思いまして」

「侍女も連れずに?」

「……はい」

サフィアスはココを一瞥した後、そうか、と呟いた。
(
……あれ?お咎めなし?)

そろそろとサフィアスを見ると、彼は先ほどの肖像画を見つめていた。

……綺麗な方ですね」

「―――私の母だ」

えっ、とココが思わず声をあげる。
(
たしか女官長が言ってた……)


―――恐らく、母君に見捨てられたことを気にされているのでしょう……


女官長のあの言葉が正しければ、この王妃がサフィアスを見捨てたということになる。だが―――

(とてもそんな人には見えない……)

ココが凜としたたたずまいの王妃を凝視していると、サフィアスが言った。

「その様子だと、どうやら少しはこの女のことを聞いたようだな」

「………ええ…」

「……この女は、子を守るために子を見捨てた、なりそこないの王妃だ」

「子を守るために子を見捨てた……?」

肖像画を見つめるサフィアスの目に憎悪の焔が立ち上る。

「今から約十九年前、王族の病弱さや短命に悩んでいた先王や重鎮達は、丈夫な世継ぎを生むために双龍族の姫であったこの女を迎えた。一年後、女は無事出産したが、生まれてきたのは母譲りの黒い髪をもつ兄と父譲りの金の髪をもつ弟の双子だった。
ガルティウスには双子は不吉であると考えられ、片方を殺す習わしがある。しかもガルティウス人の容貌をもっていることで、世継ぎと定められた弟王子が病弱でこのままではながく生きられないと分かり、先王は兄王子の消去を命じた」

「消去って……!?」

ココが悲痛な声をあげる。

「だが、反発した王妃が兄王子を連れて行方をくらました。結果、見捨てられた弟王子……つまり私は病弱なまま、迫り来る死をただ待つことになった。これが私の知る、この女の所業だ」

カチャリ、と音がした。

サフィアスが銃を肖像画の母に突き付けたのだ。

「殿下!?」

ココが止める間もなく、サフィアスが引き金を引く。一瞬の銃声とともに王妃の頬に穴が開いた。
だが、サフィアスの苛立ちはおさまらず、何度も銃声が鳴り響いた。

「や…止めて下さい!サフィアス殿下!!」

気付けばココはサフィアスを抱きしめていた。

「どうかお止めください!こんなことをしたって、心は満たされません」

「離せ!おまえに何がわかる!!」

サフィアスがもう一度銃を構えようともがく。だがココは必死でしがみついた。

「私も母に疎まれて育ちました!無視されたり、罵られたり……生むべきではなかったとも言われました」

「――!」

抵抗を止め、サフィアスがココを見下ろした。
ココは彼に微笑んで語りかけた。

「だから私にはあなたの気持ち、少しは分かります。私も母を憎んだことがありますから。けれどこんなことをしても虚しさが増えるだけです。そうでしょう?」

「………」

サフィアスはじっとココを見つめた後、静かに銃を降ろした。
その直後、銃声を聞き付けた衛兵や家臣が駆け付け、その光景に絶句した。

「サ…サフィアス殿下にシェリー姫…。これは一体……!?」

「……何でもない。ただの憂さ晴らしだ」

さっさとココから離れたサフィアスは彼らに撤退を命じ、踵を返した。

「―――シェリー」

「は…はい」

落ち着きを取り戻した声で名を呼ばれ、ココはドキッとした。が……

「おまえが敬語を使うのは気色悪い」

背を向けたままきっぱり言われた。

「なっ…何ですって!?失礼な!!」

カチーンと来てつい地を出してしまい、ココははっと息を飲んだ。
だが、サフィアスは振り返ることなく言った。

「そのほうが、おまえに似合っている」


去っていくサフィアスを見送ると、ココは無惨な姿になってしまった肖像画を見た。

「そういえばこの人、誰か似てるんだけど……誰だったかしら」

夜のような漆黒の髪に凜としたいでだちの王妃は、何も語らなかった。