30 金の証と銀の枷
結婚式が執り行われる大広間にはガルティウス中の名だたる貴族達が集まっていた。
花嫁と花婿を待つ間、彼らの口からは社交辞令という名の嘘が飛び交う。
そんな中、シャルロットは沈痛な面持ちで椅子に腰掛けていた。
(ついに、この日がきてしまった……)
シャルロットはもうすぐやってくる義妹を思った。
自分を信頼し『お姉様』と呼んでくれた初めての妹。
(そして、わたくしはその妹を売った……)
小さくため息をつき、シャルロットはうつむいた。
「姉上……ご気分でも悪くされましたか」
突然降ってきた声に、思わずシャルロットは肩を震わせた。
「ギルスト……」
ガルティウスの軍人の証である赤い軍服に身を包んだギルストは、父が祭壇に近い最前列にいるため、ためらうことなく姉の隣に腰を降ろした。
「……シェリーのことを、気にされているのですね」
震える姉の手にそっと重ねて、ギルストが言った。
「あの娘は、私が本当は優しい人間だと言いました。残虐で冷徹な振る舞いは、痛みや苦しみを隠すための芝居で、本当は昔のまま優しい人だと」
ぴたりとシャルロットの動きが止まる。
ギルストはふっと笑った。
「あれは不思議な娘です。出会った全ての人間に虐げられ、疎まれているのに人を信じることをけして止めない」
「………そうね。本当に強いのは、きっと……」
シャルロットの言葉を鳴り響き始めたファンファーレの音が掻き消した。と、同時に式場が水をうったように静かになる。
人々の視線を浴びながら、間もなくこの国の主君となる青年に導かれるのは純白の花嫁―――ココだった。
二人が祭壇へとたどり着くと、待ち構えていた神官長が神々からの祝福の言葉を述べはじめた。
ガルティウスは反レヴィネルの国だ。そのため、ガルティウス人が信仰しているのはこの大地を創造したレヴィネルではなく、王家の先祖たちである。
祝福の言葉を伝え終えると神官長は配下の神官が運んできた金の王冠をうやうやしく手にとった。
それと同時にサフィアスが膝をつく。
式場中が固唾を飲んで見守るなか、サフィアスの頭に王冠が授けられた。
「―――ただいまこの時より、サフィアス・ルエ・ガルティウスを国王とする」
神官長の言葉にわっと歓声が沸き起こる。
「おお……!ついに新王が誕生された……!!」
「サフィアス国王陛下万歳!!」
客席のルドナー卿はより一層の笑みをうかべ、ヌーヴェは歯ぎしりをした。
だが、式典はまだ終わっていない。
今度はサフィアスがティアラを手にした。国王の金の王冠と対を為す銀のティアラは、王妃の証。
(い―――嫌……!)
ジーク以外の人と結婚するなんて考えられない……!
いつまでも頭を下げないココに、式場中にざわめきがおこりはじめた。
(何をしているのだ、あの娘は……!!)
苛立ったルドナー卿が椅子から腰を浮かせたとき、突然サフィアスが立ったままのココの頭にティアラを授けた。
「なっ……!?」
ココはもちろん、式場中の全ての人間が息をのんだ。そのなかで一番最初に我に帰ったのは神官長だった。
「へ…陛下!!なんということを!!!」
息をまく神官長を制し、サフィアスは招待客に向き直った。
「皆、神聖なる式典において無礼なふるまいをしてすまなかった。だがあれは緊張のあまり身動きがとれなくなってしまった我が后のためを思ってしたことだ。許せ」
サフィアスの言葉に式場が静まり返った。だが、神官長だけは食い下がった。
「しかし今のままでは姫の陛下への忠誠があらわれておりません!このままでは……」
「―――ならば、これで問題ないな」
そう言うとサフィアスはココの腰を引き寄せた。
「えっ……!?」
驚き戸惑っていると、顎を掴まれ上に向かされた。
そして拒絶する間もなく、サフィアスの顔が近づいてくる。
(キスされる……!!)
顔を背けようとするが、サフィアスの細長い指がそれを許さない。
(嫌っ……!助けてジーク……!!)
二人の吐息が絡み合い、ココが固く目をつむった――そのとき、バン!と凄まじい勢いで式場の扉が開かれた。
「な…何事だ!!式の最中であるぞ!」
ルドナー卿の声とともに、式場中の貴族達の視線が扉へと滑った。サフィアスも顔を離し振り返る。
そのおかげで目を開けることができたココはふと思った。
(まさか―――本当にジークが……!?)
だが、扉の先にいたのは城に仕える侍従だった。
彼は痛いほどの視線を浴びながら、真っ青な顔で叫んだ。
「た、大変ですっ……!!『悪夢の塔』の囚人が、全員脱獄しました―――!」
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