32 ふたりの王子U





「―――うそ……」

ココの呟きが、静まりかえった式場に響く。
思い出すのは、半月前の夜のこと。
母の裏切りに深く傷ついた彼は、母の肖像画に銃弾を撃ち込んだ。
ココには彼の心の傷がわかる。だからこそ、今の言葉を信じがたかった。

(サフィアスが……母親と兄を殺した……!?)

皆が茫然とサフィアスを見ていた。

「……馬鹿馬鹿しい」
沈黙を打ち破ったのは忌ま忌ましげに眉をひそめたルドナー卿だった。

「皆、まさかこんな下賎の輩の話を信じ込んでいるのではなかろうな。なんの証拠もない、囚人の話を」

ルドナー卿の言葉に、はっと人々は我にかえった。

「め…滅相もありません!このような戯れ事……」

「戯れ事だと!?これは事実だ!!」

「俺達はこの目で確かに見たんだ!サフィアスとそこの男が、第一王子の胸に剣を突き立てたのを!」

囚人の一人がルドナー卿を指差した。

「あいつらは王妃と王子の心臓を取り上げ、笑っていたんだ!!嘘じゃねえ!」

「―――では、もしその話が事実だとして、おまえ達は私に何を望む?」

口角泡を飛ばして叫ぶ男達とは対象的に、冷たい眼差しをしたサフィアスが静かに言った。

「命からがら『悪夢の塔』から脱獄したというのに、わざわざこの式場に乗り込み、この騒ぎをおこした。何か理由があるだろう?」

「へっ……。分かってんじゃねーか」

ココを羽交い締めにしている男がにやりと笑った。

「俺達が望むのは自由と金だ。同じ人殺しのおまえがお咎めなしなら、俺達も解放されるべきだろう?金は今までの慰謝料だ。1人につき10,000,000ゴールド、俺達13人全員分払ってもらおう。そのかわり、俺達は今後一切あの話はしない」

「な…っ!そんな無茶苦茶な!!」

そんなことをしたら国が倒れる……!と貴族達が青くなる。

「さあ、サフィアスよ。一体どうする?」

「―――断る。貴様らなどに与える自由も金もない」

「何だと……!?おまえ達の所業を言いふらしてもいいってのか!?」

表情を変えないまま、サフィアスは銃をかまえた。

「問題ない。今ここで貴様達を全員を殺せば済むことだ」

サフィアスの銃口が男を捕らえる。
怒りのあまりに上ずった声で男は叫んだ。

「野郎ども!こいつらをやっちまえ!!」

男の声とともに囚人達がサフィアスやルドナー卿、そして震え上がる生き残りの貴族達に襲いかかる。

「『鎧人形』!こやつらを始末しろ!」

ルドナー卿の命令に、どこからともなく数体の『鎧人形』が現れ、囚人達を始末していく。
神聖な式場は瞬く間に戦場へと早変わりした。
そんな中、襲い掛かってくる囚人に銃弾を撃ち込んでいたサフィアスは、婚約者の姿が見当たらないことに気付いた。

「―――まさか……!」

サフィアスは視線を扉へと滑らせた。
その道筋には剣から滴り落ちたのであろう、真紅の血が点々とついていた。