35 ふたりの王子X


「―――え……?」

サフィアスの言葉についてゆけず、ココはぎこちなく聞き返した。

「今の言葉、どういう意味なの……!」

「どうもこうも、言葉のままだ」

サフィアスは憎々しげにガーネットを見た。

「こいつが私から何もかも奪った男だという事だ」

その瞬間、ココは頭の片隅で事のつじつまが合わさるのを感じた。

『生まれてきたのは、母譲りの黒の髪をもつ兄と父譲りの金の髪をもつ弟の双子だった』

『この男、サフィアスは王妃と第一王子―――つまり実の母と兄を手にかけんだ』

「まさか……ガーネットが殺された第一王子―――!?」

見上げたガーネットの横顔は、肖像画の華蓮王妃の面影を強く残している。

「じゃあ―――サフィアス……あなたが二人を殺したというのは、本当だったのね……!」

悲痛なココの声が廊下に響いた。

「どうして……どうしてそんなひどいことを……!」

「……言っただろう。この男は、私からなにもかも奪っていったんだ!」

ガーネットを睨むサフィアスの目はまるで憎悪の焔を宿しているようだった。

「こいつのせいで、私は母も、病のない健康な体も、失ったんだ!そのうえ、ついにはこの地位さえ奪われそうになった!!」

「そんな…!」

ガーネットがそんなことするわけない―――
ココの言葉に、サフィアスは荒々しく息を吐いた。

「こいつはヌーヴェと共謀して、王位を掠めとろうとしたんだ。一年前、父上が亡くなり、僕も持病によって危篤になっていた隙にな!」

「―――違う……!俺はヌーヴェから国の存続のためだと…言われ…た……。だから母上と―――」

絞りだすような声でガーネットが言う。

「うるさい黙れ!『鎧人形』の分際で私に口答えするな!!」

サフィアスの激昂とともに、『カレン』がガーネットに飛びかかる。

「ガーネット危ない!」

ココは咄嗟にガーネットを突き飛ばした。その瞬間、肩に鋭い痛みが走った。
『カレン』の鋼の爪に引き裂かれたのだ。
たちまち傷口からポタポタと血が流れだす。
そのまま倒れそうになるとガーネットに抱き留められた。

「ココ……!」

「だ…大丈夫……。出血ほど傷は深くないから」

心配させまいと、強がりを言った。
すると、ガーネットにふわりと真綿で包むように優しく抱き寄せられた。

「えっ―――!?」

突然の出来事に動揺していると、ガーネットが耳もとに顔を寄せてきた。

「……すまない」

そう一言言うと、ガーネットはココを後ろへと庇い再び剣を抜いた。

「……なんだ。『鎧人形』のお前が、主である私に逆らうというのか?」

ガーネットは、何も言わない。
だが、その紅色の瞳に静かな怒りが宿っていることにサフィアスは気付いた。

「封印が解けかけている……。あとは最後の『鍵』のみ、といったところか」

だが、封印はまだ解けてはいないのだ。
それなのに―――

「なぜ、お前はシェリーを守る?兵器として甦り何の感情も記憶ももたないお前が。封印を解く手助けをされて情が移ったのか?
―――それとも、血を流す姿を見て、母の最期を思い出したのか?」

ガーネットは剣をサフィアスに向けた。

「―――そうだ。俺…は……ココのおかげで少しずつ自分を…取り戻すことができた。だから今度は、俺がココを守る」

「ガーネット……」

痛む肩を押さえながら、ココはガーネットの逞しい背中を見つめた。
その様子にサフィアスは眉を潜めた。

「ならば、反逆者としてお前を再び処刑するまでだ。喜ぶがいい。今度は母の手で葬ってやろう。―――殺せ『カレン』!」

咆哮とともに襲いかかる『カレン』をガーネットが剣で受ける。飛び散る火花がその衝撃を表していた。

「や…やめて……!!」

よろよろとココは叫んだ。
例え変わり果てた姿になっていようと、二人は親子なのだ。
血を分けた家族が殺しあうなんて―――!

「やめてガーネット!華蓮さん!!」

叫ぶココと対象的にサフィアスは笑んでいた。

「無駄だ。『鎧人形』は痛覚をなくすために触覚を、恐怖をなくすために感情を、より忠実に制御するために記憶を封印されているのだ。今の二人は敵を抹殺するための兵器。敵を殺すまで誰の言葉も耳に入りはしない」