37 ふたりの王子Z
ココの声が響いた途端、ガーネットは剣を止めた。
「―――今の名は……!」
頭の中に様々なものが流れ込んでくる。
忘れていた記憶や感情―――そして真の名前……
「思い出した―――。俺はガーネット・ルエ・ガルティウス…この国の第一王子だ……!」
「ガーネット、あなた記憶が……!」
ココの言葉にガーネットが振り返る。
「あぁ、全て思い出した。俺が何者なのかも、俺と母上が殺されたあの日のことも、全て……」
ガーネットの鋭い視線の先には狼狽するサフィアスがいた。
「馬鹿な……封印が解けるはずがない……!!『鍵』を知るのは私とごくわずかな重鎮だけのはずだ」
「ならば、試してみるか?俺が自我を取り戻したかどうか」
剣先がサフィアスに向けられる。
怒りに満ちた赤い瞳に、サフィアスはたじろいだ。
「……馬鹿にするな。封印が解けたくらいでいい気になるなよ。この場に『鎧人形』がもう一体いることを忘れたのか?」
「―――!」
ガーネットがはっと息を飲むと同時に『カレン』が彼に飛びかかった。
切り払おうとして、ガーネットは思い止まった。
(駄目だ―――。これは『鎧人形』であると同時に母上でもある……!)
例え兵器と化していたとしても、血を分けた実の母を切るわけにはいかない。
しかし、ガーネットの躊躇に気付くはずもなく、『カレン』は容赦なく襲いかかってくる。
「ガーネット!」
悲鳴をあげるココに、サフィアスは勝ち誇った笑みを見せた。
「浅知恵だったな、シェリー。片方のみ自我を取り戻した場合を予測していなかったのか?」
「―――だったら、華蓮さんの封印も解けばあなたの負けね」
挑発的な態度にサフィアスは目を丸くした。だが一瞬の後に再び嘲り笑った。
「あれの封印を解く気か?私の教えた真名で。―――無駄なことを。やれるものならやってみろ」
「言われなくても!―――『神凪華蓮』!」
ココが真名を呼ぶ。
だが―――
『カレン』はまるで飢えた獣のようにガーネットを襲い続けた。
「ア゛ァアアッ!」
耳ざわりな咆哮にガーネットは顔をしかめた。
「何故だ……!何故封印が解けない!?」
するとくつくつとサフィアスが笑んだ。
「無駄なことだと言っただろう。それの封印は誰にも解けない。何故なら封印されてないからだ」
「……どういう意味だ」
「その『鎧人形』は失敗作なのだ。死んでから時間が経過した後に錬成したため、魂と肉体が拒絶反応を起こした。
その影響で肉体が朽ち、自我どころか思考能力を無くし獣同然となったのだ。
よって、はじめから精神が崩壊しているためにそやつにだけは封印を施していない。
まさかそれが、こんなところで役立つとはな」
「サフィアス……!こんなことをして、お前の心は満たされるのか!?」
「うるさい!こうなったのも元を辿ればお前とその女のせいだろう!!」
兄と弟の視線がぶつかり合う。
その間にも『カレン』の猛攻は止まない。
「グアァアッ!」
咆哮とともに鋭い爪がガーネットを切り裂く。
けれどガーネットに為す術はなく、ただ攻撃を防ぐので精一杯だ。
「ガーネット……!どうすればいいの―――私は何もできないの!?」
「お前が気に病むことはない。あれは報いなのだ」
先
ほどとは打って変わり、優しい声でサフィアスが言う。
「戻れシェリー。お前はすでに私の后だ。……私は、お前だけは傷つけない。絶対に」
さぁ、と伸ばされた手をココは払いのけた。
「冗談じゃないわ!誰があなたなんかと結婚するもんですか!私にはもう心に決めた人がいるんだから!!
それに、あなた自分が何をしたか分かってるの!?」
「―――!お前まであいつを選ぶのか……っ!」
えっとココが驚くのとサフィアスが叫ぶのは同時だった。
「『カレン』!そやつを―――ガーネットを殺せ!」
主の激昂に反応し、『カレン』がガーネットに飛び掛かる。
ガーネットは咄嗟に剣でそれを防いだ。だがその衝撃で剣が音をたてて折れた。その隙を逃さず『カレン』が無防備なガーネットを狙った刹那―――
「伏せろッ!!」
どこからか聞こえた声に、ココとガーネットは咄嗟に目をつむった。
その瞬間、爆発音とともにまばゆい光が辺りを支配した。
「ア゛ァアアッ!!!」
恐る恐る目を開けると頭を抱えて苦しむ『カレン』とサフィアスが目に入った。
「今のは……閃光弾?」
一体誰が、と言おうとするといきなり腕を引かれた。
振り向くと、そこには思いもよらない人物がいた。
「シャルロット…お姉様……!?」
出会った頃のように微笑む彼女の肩ごしにはギルストの姿があった。
「どうしてお姉様達がここに……!?」
戸惑うココにシャルロットが優しく言い聞かせる。
「詳しい話は後でするわ。今はここから脱出するのが先よ。……殿下も、よろしいですね」
ガーネットは一瞬驚嘆したものの、すぐに承諾した。
「こっちだ、走れ!」
ギルストの後に続き、ココ達はその場を逃れた。
「―――くそ……っ!」
瓦礫に埋もれた回廊でサフィアスは立ち上がった。
「何故だ……何故、皆私よりあやつを選ぶのだ!?」
壁に拳を打ちつけうなる。
「私からなにもかも奪っておいて、今度は我が后まで奪う気か……っ!―――させぬ。それだけは、絶対に……!」
その青い瞳は、復讐という名の執念で爛々と輝いていた。
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