38 あなたの強さ、私の弱さ



薄暗い廊下を走り続けていると、陽の差し込む中庭にたどり着いた。

「ここまで来ればひとまず大丈夫だろう」

先導していたギルストの言葉にココはホッと息をついた。
その途端、肩に激痛がはしった。

「痛……っ」

見ると傷口からの出血が止まっておらず、純白だったウエディングドレスは真っ赤に染まっていた。
先ほどまでの危機的状況に痛みを忘れていたのだ。
ココが顔をしかめたことに最初気付いたのは、シャルロットだった。

「ひどい怪我……!待って、今止血するわ」

言うが早いか、シャルロットは取り出した絹のハンカチをココの肩にきつく巻いた。

「応急処置だけれど、今はこれで我慢して」

ココはじっとハンカチを見つめた。

「……助けてくれてありがとうございました」

「いいえ、当然のことをしたまでよ。貴方をこの巨大な檻に放り込んだのは、わたくしだもの……」

シャルロットが頭を下げると、豪奢な髪飾りがしゃらん、と音をたてた。

「本当にごめんなさい、シェリー。謝っても謝りきれないけれど……」

しばらくの間ののち、ココはぽつりと言った。

「―――どうして、私を助けようと思ったんですか」

その言葉に、シャルロットは少なからず驚いたようだった。

けれど彼女は静かに目を伏せた。

「……もう、逃げてはいけないと思ったの」

「え……?」

ざわ、と風が二人の髪を揺らした。

「……わたくしはずっと、逃げていたの。ルドナー家やお父様から。いつのまにかそれに慣れてしまって、自分が逃げていることに気付かなくなってたのね」

そっと、ギルストが背を向けた。彼もまた、同じだったのかもしれない。

「でも、ギルストに言われて気付いたの。貴女の強さに。そして、わたくしの弱さに」

「私の…強さ……?」

目を丸くしたココに、シャルロットは微笑んだ。

「そう、貴女は強いわ。貴女は誰よりもつらい思いをしていながら、誰よりもまっすぐな心を持ってる。いつだって信じることをやめない。
それは、誰にも負けない強さよ」

「―――!」

思わずココは息を飲んだ。
そんなことを言われたのは生まれて初めてだったのだ。

「だから、わたくしも逃げてはいけないと思ったの。まだ幼い貴女が立ち向かっているのに、わたくしが逃げるわけにはいかないでしょう?それに貴女はわたくしのたった一人の大切な―――」

「姉上!」

厳しい顔をしたギルストの声と同時にシャルロットがはっと息を飲んだ。

「な、何でもないわ。とにかくね、シェリー。わたくしを姉と呼んでくれてありがとう。わたくしは、それがとても嬉しかった……。そのことだけ、どうか覚えていて」

「えっ……?」

言葉の意味が分からず戸惑うココをよそに、シャルロットはガーネットに向かいあった。

「紅き瞳をもつ第一王子の噂は、かねがね聞いておりました。会えて嬉しく思いますわ、ガーネット殿下」

「いや、俺は……」

「この先に、鍵の開いた小さな門があります」

ガーネットの言葉を遮ってシャルロットは言った。

「剣と、少しですが金貨を積んだ馬を繋がせておきました。そこから早く脱出してくださいませ。……シェリーを、よろしくお願いします」

彼女の瞳は真剣だった。そして、その背後のギルストの瞳も、また。

「まさか……!」

ガーネットが目を見開いた時だった。

「待て!」

生い茂る木々の向こうから居丈高に叫び声が響いた。

「この声は―――」

「お父様……!」

シャルロットが顔を強張らせたると同時に、木々の中から兵士たちを従えたルドナー卿が現れた。

「逃がさぬぞ……誰一人として!」