39 刻印の絆



全身に怒りを纏い、ルドナー卿は息子と娘を睨んだ。

「……ギルスト、シャルロット。その娘を……シェリーをよこせ」

「―――できません」

重なった二人の声に、ルドナー卿の怒りが増す。

「……言ったはずだぞ。二度はないと。

まだ私に刃向かうというのなら……容赦しない!」

その言葉と同時に兵士たちが一斉に剣を抜いた。

「……父上、どうやら貴方とは決着をつけなくてはならないようだ」

ギルストも剣を構える。

「ほぅ…この父に剣を向けるか。……痴れ者が!」

ルドナー卿が剣を抜いたその刹那、兵士たちが郡を成してギルストに襲い掛かった。
数多繰り出される剣を、ギルストは一分の狂いもなく薙ぎ払う。
しかし、数が多い。
前方からの突きをかわした瞬間、隙をついて背後からルドナー卿が切り掛かってきた。

(かわしきれない―――!)

だが、突如割り込んできたガーネットによってそれは見事に受け止められた。
手には、兵士から奪った剣が握られている。

「これはこれはガーネット殿下!」

剣を交えたまま、ルドナー卿が言った。

「お久しぶりですな。最後にお会いしたのは、貴方がサフィアス殿下に殺された時でしたか」

「……それは、お前がそそのかしたんだろう」

するとルドナー卿はおどけたように肩をすくめた。

「そそのかしたなど、人聞きの悪い。私はただ、殿下に邪魔者を殺して『鎧人形』にすれば一石二鳥だとお教えしたまで」

「『鎧人形』の製造を提案したのも、お前だろう」

「ええ。全ては我が国の軍事力を高めるために」

「そして、ヌーヴェ宰相に勝つためだろう」

「ご明察」

斜に構えたその言葉に怒りが募る。

「―――貴様……!」

ガーネットの薙ぎ払った剣をよけ、ルドナー卿が狂乱めいた笑みを浮かべる。

「そんなにお怒りにならないでください。『鎧人形』はけして非道なものではありません」

「戯言を……!」

「そのように険しい顔をなさいますな。考えても見てください。『鎧人形』は痛みや苦しみを感じない。そのうえ老いることも死ぬもない!まさに、不老不死になれるのですよ!!それなのに何故、そのようにお怒りになるのです?私はむしろ感謝していただきたいくらいなのですが」

「ふざけるな!人を殺しておいて礼を言えだと?冗談も休み休み言え!!」

ガーネットが怒りをこめて切りつける。

「―――!」

尋常ならざる気迫にルドナー卿は瞬時に太刀打ちできず、紙一重の差でかわすのが精一杯だった。
しかしかわしきれずに手袋が裂け、はらり、と切れ端が舞い落ちる。
その瞬間、ココの目は瞬きすら忘れてそれ――露になった彼の左手の甲に刻まれた、見覚えのある刻印―――に釘づけになった。

「そ…れは……!?」

あまりの衝撃にココはまばたきすることさえ忘れた。現れた刻印は、紛れもなく彼女のそれと同じものだったのだ。

「どうして……!?どうしてあなたがそれを……!」

ルドナー卿が、ニヤリと嘲笑を浮かべた。

「分からないのか?以前、自分で言っていたではないか」

「ダメッ!聞いてはいけないわシェリー!!」

咄嗟に駆け寄ろうとしたシャルロットを、近くにいた兵士が羽交い締めにした。

「離しなさいっ無礼者!」

その様子に事の異常を感じ取ったガーネットはルドナー卿を狙った。だが、それを三人の兵士が阻んだ。
チッと舌打ちして目だけで横を見るとギルストも同様に動きを封じられていた。まるで会話の邪魔はさせないとでも言うかのように。

「初めて城で会った時、お前は私を睨みつけて言ったではないか。自分の母は、ガルティウスの軍人に凌辱されて自分を産んだと。
その呪いの刻印は父親からの遺伝だと。……まだ分からないか?」

ルドナー卿がやけに優しげな声で囁く。その声にやけに胸騒ぎがするのをココは感じた。

(嫌な…予感がする……!)

そして、それはルドナー卿の言葉によって現実のものとなる。

「お前の母を犯し、お前を孕ませた男はこの私だ。つまり、私はお前の実の父親なのだよ、シェリー」