40 刻印の絆U



まるで雷が落ちたかのような衝撃がココを襲った。
声もでないココを見て、シャルロットはああ、とうなだれた。
兵士に拘束を解かれてもその場から動くことはなく、ただ目を見開いたままの妹を見つめる。

(知ってしまったのね…シェリー……)

自分の無力さが、腹立たしい。

(守ってあげると決めたのに……。あの小さな、半分血の繋がった妹を―――)

でも、もう遅いのだ。
彼女の澄んだ心には既にまた一つ、傷がついてしまったのだから。


「本、当なの……?」

ココは未だ驚きを隠せぬまま震える声を搾り出した。

「本当に、あなたが私の父親なの……?」

「そうだ。この忌ま忌ましい刻印がなによりの証拠」

ルドナー卿が笑みを浮かべたまま、左手を掲げる。

「これはその昔、我らガルティウスと双龍族がレヴィネリアから独立する際に我がルドナー家の先祖が『賢者』によってかけられた白亜の神―――
レヴィネルの呪いだ。昔話にある怒り狂った『賢者』が使った『強大な魔法』とは、これのことだ」

「なんですって……!?」

蒼白な顔をしたココと対象的にルドナー卿が笑みを深くする。

「これは夭折の呪いと言ってな。文字通りこの呪いを受けたものは天寿を全うすることなく早死にする。しかも厄介なことにこの呪いは代を重ねるほどに効力を増すのだ。しかしどうやらこれはかなり高度な魔法らしい。神そのものを縛り続けなければ持続できないほどに、な」

「―――まさか、ルドナー家が優遇されているのって……!」

ルドナー卿の笑みが、嬉しげなそれに変わった。まるで捜し物を見つけた時のように。

「察しがいいな。さすが私の娘だ。そう、この呪いを持続させるためには神をこれに縛りつけ力を注がせなければならないということはつまり、この呪いがある限りレヴィネリアはレヴィネルを使えないということだ。
そして我がルドナー家はレヴィネリアからガルティウスを守り続ける人柱であり英雄でもある。よってその功績を讃えるため、我らは王家につぐ地位を与えられているのだ」

畳みかけるようにルドナー卿が一歩踏み出す。
それに反応したガーネットがココに駆け寄ろうとすると、またしても兵士がそれを遮った。

「邪魔をするなとでも言うつもりか……!」

憎々しげに睨むガーネットなど露知らず、ルドナー卿がまた一歩ココに歩み寄る。

「この呪いはルドナー家の直系にのみ受け継がれる。シェリー、お前はこの刻印という名の絆でギルストやシャルロット、そして私と繋がれているのだ」

「―――絆……?」

「そうだ。それなのに何故、それを断ち切ってまでここから逃げようとする?ここにいれば私達家族が側にいる上に、王妃として何不自由ない生活が送れるのだぞ。
私は物分かりのいい賢い娘は好きだ。この父と我がルドナー家のために働いてくれる娘は特にな。私の言う通りにするならば、私は父としてお前を大切にする」

遂に距離を埋めたルドナー卿がまるで密事のように耳元で甘く囁く。

「ここの他にお前の居場所などないではないか。私譲りのその髪と瞳と刻印がある限り、お前はどこに行っても疎まれる。だが、ここにいれば異端と罵られることも、孤独に苦しむこともない。―――お前の望みが、全て叶うのだぞ」

その甘い言葉に足元がぐらつかなかったと言ったら嘘になる。
何故ならそれはココが長年欲してきたものだったからだ。
そう、ここにいれば―――王妃としてサフィアスの妻となり世継ぎを産めば、ルドナー卿には従順で有能な娘として大切にされ、シャルロットは実の姉として側にいてくれる。
そして周りを取り巻く人々からは神を縛り国を守る一族の一人として敬われ、愛される。その言葉の、なんと甘美なことか。
確かにこれを幸せと呼ぶ人もいるのかもしれない。
―――けれど。

「―――ふざけないで!」

パシン!と乾いた音が鳴った。ありったけの力と怒りをこめてルドナー卿の頬を打ったのだ。

「なっ―――!?」

その場にいた全員が言葉を失うなか、ココはまくし立てた。

「冗談じゃないわよ。異端と罵られることも孤独に苦しむこともないですって?その原因を作ったのは一体誰よ!
あなたが17年前にお母さんを襲わなければ、お母さんは苦しまなくてすんだのに!私もこんなふうに生まれなかったのにっ!!」

高ぶる感情のせいかとめどなく涙が溢れだす。
それは生まれてからの16年間、胸に積もり続けていた思いの全てだった。

「―――私はあなたを許さない。あなたの言う通りになんて絶対にならない!
たとえここに幸せがあるとしても、私は出ていくわ。
だって私に幸せを与えてくれるのはあなたじゃない。ジークだもの!!」

一息に言い終えた時、ココは肩で息をしていた。
だが感情をさらけ出したことによって自分の気持ちがはっきりとした。

(そう、たとえ何があっても、私はジークのところに帰る―――)

心の中でそう決意した時だった。

「ギルストといいシャルロットといい……。揃いも揃ってこの役立たずが!」

怒声とルドナー卿が剣を抜く。

「許さぬ―――私を愚弄する者は全て……殺す!」

「―――!」

怒りに満ちた瞳に圧倒され、身動きが取れなくなる。

「ココ!―――どけっ!邪魔をするな!!」

ガーネットが剣をふるうたびに一人また一人と兵士が断末魔をあげ崩れ落ちる。
だが、間に合わない。

「ココ―――ッ!!」

その瞬間、横から何かに突き飛ばされココは地面に転がりこんだ。

「―――何っ……!?」

擦りむいた腕を庇いつつ身を起こす。
そして自分のいた場所を振り返った時、まるで時間が止まったかのように思えた。

「あ…あぁ……っ!」

言葉にならない声とともに涙が再び溢れ出した。
そこには背中からおびただしい血を流し倒れているシャルロットの姿があったのだ。